アミ族出身のアロさんが歌うアミ語の歌、そして自らの体験談に、会場は深い感動に包まれました
こんにちは、台北ナビです。
6月に日本初上映を果たした台湾映画『太陽の子』。台湾東部の美しい景色と、そこに暮らす先住民たちの苦悩と希望をリアルに描き出したこの映画は多くのファンを魅了し、全国各地で上映会が行われてきました。
そしてこのたび、主演女優のアロ・カリティン・パチラルさんが来日!
東京・虎ノ門の台湾文化センターで、トークイベント「太陽と月~映画『太陽の子』を“パナイ”が語り、歌う夕べ~」が開催されました。
先住民の衣装をまとった美しいアロさんに拍手喝采
まず、この映画の日本上映に尽力されているジャーナリストの野嶋剛さんが、
「この映画はストーリーが素晴らしいだけでなく、先住民のアイデンティティの問題、家族崩壊や自然破壊など、現代社会におけるさまざまな難題を浮き彫りにしています。
小さな部落だけの話ではなく、日本人にとっても普遍的なテーマを扱っている。
だから、上映会の輪もどんどん広がっていて、今もなお、この映画が成長し続けていると感じます」と挨拶。
そしていよいよ、主役の「パナイ」を演じたアロさんが登場!
実はアロさんの本業はシンガーソングライターで、テレビ番組の司会などでも活躍されていますが、役者として映画に出るのは今回が初めてだったそう。
映画では荒地の整備や稲作に奔走する力強い姿を演じていらっしゃいますが、この日のアロさんはアミ族の衣装に身を包み、ちょっとはにかんだような笑顔が印象的。
その美しい姿に、会場からは大きな拍手がわき起こりました。
「アミ族であることをやめようと思い、一度はその言葉も捨てました」
トークショーでは、野嶋さんとアロさんが対談形式で撮影秘話を語ってくれました。
中でも強く印象に残ったのは、パナイの演説シーンの話です。
子どもの頃、中国語名を名乗り、中国語(北京語)のスピーチコンテストで優秀な成績をおさめて「村の誉」と呼ばれたパナイ。でも、それはアミ族の名前を捨てるということだった、と苦悩を語るシーンなのですが…。
「あれは、私自身の経験なんです」とアロさん。
「子どもの頃、アミ語で話して周りから笑われ、恥ずかしい思いをしました。それで、アミ族であることをやめようと思い、アミ語を話すのもやめたんです。アミ語で話しかけられても、北京語で答えていました。そして、北京語や英語が得意になって、村の誉と言われるようになりました」
「でも、大学生の頃におじいちゃんが亡くなって、おばあちゃんを慰めようと思ったら、アミ語が出てこなかったんです。おばあちゃんはアミ語しかわからないのに…。愕然として、『你是誰?(あなたは一体何者?)』と自分に問いかけました」
この体験をチェン監督に話したところ、あの演説シーンが生まれたんだそう。
この映画で語られている「奪われる」というテーマ。
ナビは土地や自然が失われていくことばかりに目を向けていましたが、アロさんの話を聞いて、培われてきた文化や言葉までもが消えてしまうという現実に衝撃を受けました。
その後、アロさんはアミ語を学び直すために、歌を作り始めました。部族にずっと伝わってきた美しいもの、失われつつあるものをテーマにして、アミ語で歌い始めたのです。
そして、台湾で初めてアミ語のCDを出したところ、それをチェン監督が聴いて、パナイ役に抜擢されることになったのだそう。
なんだかアミ族の魂がすべてを繋いでいったかのような、不思議な縁を感じませんか?
「土地登記の書類が台風で流された」と言い訳する役人を怒鳴りつけるシーンの話では…
「私もパナイと同じタイプ。よく机をドンと叩いて議論していたわ」(笑)
強い意志をもちつつ、茶目っ気も忘れないアロさんの笑顔が最高でした!
美しいアミ語の響きに会場中が酔いしれました
トークショーのあとは、そのアロさんのCD「太陽、月亮」(太陽と月)に収録されているアミ語の歌を披露していただきました。
ギターを片手に優しく、ときに切ない表情で歌い上げるアロさん。
先住民の言葉って独特の響きがありますよね。
素朴で温かみあふれるその響きに、観客みんながじっと聞き惚れていると…。
「次はみなさんも一緒に歌いましょう!」とアロさん。
戸惑い気味のお客さんたちに「じゃあ、立ってください。そう、それでお隣の方と手を繋いで…」と楽しそうに指示を出します。
「はい、じゃあ、私のあとについて歌ってくださいね」そう言ってアロさんが歌い出すと、客席からだんだんと声が上がってきて、最後はみんなで踊りながらの大合唱!
つかの間、アミ族のお祭り気分を味わうことができました。
こんなふうに、その場にいる人たちの気持ちをいつの間にか一つにまとめてしまう、そんなところもアミ族であるアロさんの魅力なのかもしれません。
アロ・カリティン・パチラルさん単独インタビュー
映画「太陽の子」より(ⓒ一期一會影像製作有限公司)
そんなアロさんに、ナビがインタビューさせていただきました!
――アロさんは役者として映画に出るのは初めてだったそうですが、オファーを受けたとき、どう思われましたか。チェン監督と最初にお会いしたとき、私のCDを持ってきて「サインしてもらえますか」と言ってくれたんですね。彼は私の歌を聴いて興味をもったそうで、ネットで私の情報をいろいろと集めていました。
そして、私についてたくさん語ってくれたんです。私のことをすごく理解したうえでオファーしてくれた、そのことにとても感動しました。
だから、私から監督に聞いたのは一つだけ、「本当に私でいいんですか。お金がないから、私に依頼しているんじゃないんですか」と(笑)
今は、これは私の人生においてとても大きな、意義のあることだったと思って、監督に感謝しています。
――監督が熱心に口説いてくださったんですね。それ以外に、この映画に惹かれた点は?
私は俳優ではないので、脚本を見て良い悪いの判断はできません。
でも、このストーリー自体はもともとよく知っていました。だからこそ、本当に私が演じきれるのかという不安はありました。
――では、実際に演じてみて、いかがでしたか。他人のことを演じる、自分以外の人間を演じるというのはとても心を動かされる、魅力的なことでした。
でも同時に、簡単ではないということが演じてみてわかりました。
――この主人公の「パナイ」とアロさんには、たとえば同じアミ族であることなど、いろいろと共通点があるそうですが、その辺りは演じてみてどのように感じられたのでしょうか。私には子どもがいないんですが、それでも本当に100パーセント、パナイとシンクロしていたと思います。
自分の一部分、という感じでした。
――パナイというのは、どんな女性だと思いますか。
本当に勇気のある人間だと思います。その勇気というのは、私の人生に非常に大きな影響を与えました。
特に、自分は何者か、「我是誰?」と追求していくパナイの生き方に、私自身、これからアミ族としていかに生きていくかという責任を考えさせられました。
映画を通して、アミ族としての人生を生きることができた
――初めて「他人を演じる」ということで、苦労したことや悩んだことはありましたか。
やっぱり難しかったのは「泣く」ということです。
私にとっては、泣くというのは一種類、ただ「泣く」というだけ。でも映画では、監督からいろいろな形での涙を要求されました。
たとえば、内側から絞り出すように泣くという涙もあれば、ワッと崩壊するように泣くという涙もある。そんなことを求められて、簡単ではなかったけれど、いい勉強になりました。
――逆に、撮影で楽しかったことは?
私はアミ族だけど、学生の頃はハイヒールを履いた普通の女の子でした。アミ族の文化は大事にしてきたけれど、過去に一度も、泥を踏んで田んぼを耕すなんて経験はしたことがなかったんです。
だから、この映画で実際に田を耕し、できたお米でみんなと一緒にお酒をつくったり、豊年祭でみんなで踊ったりという経験ができたことで、本当の「パンツァー」、アミ族になることができた。そんな気がしました。
――この映画の中で、どのシーンが一番好きですか。
演説をするところと、おじいさんと網を直しながらしゃべるシーンです。
ⓒ一期一會影像製作有限公司
あの演説のシーンは、私自身の物語でもあるんですね。自分のことを演じるのは、すごく難しかった。
特に、一度はアミ族の身分を捨てて村の誉になろうとしたというのは、私自身の経験ですから、そういったことを思い起こすのは、すごくつらかったです。
このシーンを演じるとき、監督から「泣くな」と言われたんですね。本当は一番泣きたいところだったのに、泣くなと言われて戸惑いました。
演説するときに、自分の名前、「林秀玲(リン・シウリン)」という中国語名が書いてある原稿を持って演じたんですが、もう手が震えてしまって…。でも、その感情を必死で抑え込んで演技したんです。
そうしたら、一発でOKになった。「本当にOKなの?」と監督に聞き返したくらいです。
それでOKとわかって、そのままトイレに駆け込んで、大泣きしました。
ⓒ一期一會影像製作有限公司
――できあがったそのシーンを見て、いかがでしたか。実は昨日も、静岡の上映会でこの映画を見たんですね。
もう100回以上見ているんですが、このシーンを見ると、どうしても自分がかつて、アミ族の身分を捨てようとしたことを思い出してしまう。
それでつらくなって、やっぱり昨日も泣いてしまいました。
(この話をしている)今も泣きそうです。
ⓒ一期一會影像製作有限公司
――私はこの映画を見て、母親としてのパナイの姿にもとても共感しました。ナカウとセラとの何気ないシーン、たとえば肩をそっと抱いたり、手を繋いで歩いたりというシーンがすごく温かくて、「いい母子だなあ」と感動したんですが、アロさんはお子さんがいらっしゃらないんですよね。どんな気持ちで「母親」を演じていらっしゃったのでしょうか。
パナイを演じる中で、一番自分と合っていないのは、この「子どもがいる」という役割でした。
だから事前にいろいろと準備をしたんです。
でも、実際にはそんな必要はなかったかもしれません。
2人と会った瞬間に、大好きになっちゃったんですよ。本当に自然に、我が子みたいに愛することができた。
自分が子どもだった頃と同じように、先住民らしいシンプルな考え方や生活を送っているのを見て、守ってあげたい、絶対に傷つけたくないと思ったんです。
観光客にもオススメ! 見どころ満載の先住民部落
――映画の話とはちょっと離れますが、台湾、特に花蓮や台東を訪れる日本人にオススメのスポットを教えてください。
花蓮で本当に美しいのは、先住民の部落だと思います。
単なる観光地巡りじゃなく、私たち先住民の生活に触れて、そのディープな文化を味わってほしい。
この映画の舞台・港口や、私の故郷・馬太鞍などは食文化も豊富で、いろいろな山菜、野草料理も食べられますし、植物や動物などの生態環境も独特なので、ぜひ体験してみてください。
今、どこの部落も、そういったディープな文化を体験できるプランを作っています。食べるものとか、生活とか、歴史などをパッケージで学べるようになっていて、旅行社やホームページなどで申し込めます。
――野草料理というのはどんなものですか。特に有名なのは、野草を使った「石頭火鍋」ですね。鍋の中に熱々に熱した石を放り込んで、その熱で一瞬のうちに具材に火を通すんです。
野草も独特なものがいろいろとあって、「ダートゥーゲン」(アミ語)という野草などをよく食べます。
私の故郷の近くに「紅瓦屋」というお店があるんですが、ここの「石頭火鍋」は本当においしいですよ。
――台湾にはいろいろな先住民族の方がいますが、その中でアミ族の魅力というのはどんなことでしょう?
(野嶋さん)アミ族の女性はすごく美しいですよね。ええーっ、恥ずかしい…(笑)
アミ族は、食べることを一番理解している部族だと思います。特に、自然な食材を使った料理が得意です。
それから、民族の歌、伝統の歌を一番豊富に持っている部族でもあります。
(野嶋さん)何でも食べる民族、って言われていますよね?
何でも食べます! 飛んでるものも這っているものも、全部食べますよ。
もし世界が破滅しても、アミ族だけは生き残る(笑) だから、本当に健康なんですよ。
――虫も食べますか?もちろん、もちろん! 怖いですか?(笑)
カタツムリとか、すっごくおいしいですよ。アミ族はスープにするのが好きなので、カタツムリ(エスカルゴ)のスープが有名です。
アミ族の子どもに「今日はカタツムリ料理よ!」と言うと、大喜びで帰ってくるんですよ。
そうそう、生肉を燻製にした料理もあります。これもおいしいんですよ!
―――――
食べ物の話になったら、満面の笑みでいろいろな料理の話をしてくれたアロさん。でも残念ながら、ここで終了時間がきてしまいました。
「食べ物の話ができてうれしい! 聞いてくれてありがとう」とおっしゃるアロさんを見て、アミ族の方は本当に食べることが大好きなんだな、と実感したナビ。
ナビも以前、台東で原住民料理を食べたことがあるんですが、感動的なおいしさでした。
食べるのが好きだからこそ、おいしいものをどんどん追求していくのでしょうね。
アロさんのお話を聞き、その素顔に触れて、改めてこの『太陽の子』が描く世界を深く感じることができました。そして、もう一度映画を見たい!と強く思いました。
今後もまた、上映会の予定があるそうなので、気になる方はぜひFacebookの『太陽の子』のページをチェックしてくださいね。
以上、台北ナビでした。
イベント名:太陽と月~映画『太陽の子』を“パナイ”が語り、歌う夕べ
共催:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター/『太陽の子』上映プロジェクト
上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。
記事登録日:2016-10-05