ブヌン族の暮らす山のいで湯で、日本時代の話を聞いてきました~
こんにちは、温泉ライターの西村りえです。
台湾の温泉と美食、そして、人々に惹かれて、数十年…。
今月から、私が歩いた台湾の温泉地をご紹介していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
(プロフィール)
温泉ライター
西村りえ
20年以上、温泉の記事を書いてきました。
初めて台湾の温泉に出かけたのは1995年ごろ。北投温泉で日式旅館に泊まり、瀧ノ湯に浸かりました。
当時は入浴客も少なく、夜の闇は濃く深く、北投の街はむせかえるような樹林の息吹に満たされていました。
宿泊した日式旅館も、軍靴が聞こえてくるかのような暗く、静かな印象でした。
その後、2006年ぐらいからまたも台湾の温泉に出かけるようになり、湯の魅力、人の魅力にたちまち魅了されてしまいました。ここ数年は年4回ぐらい台湾に出かけています。
出かけるたびに、その変化の早さに驚かされています。
今までに入ったことのある台湾の温泉はおよそ50カ所。日本の温泉は1000ヵ所以上。気候療法士(ドイツ)、厚生省入浴指導員、森林セラピストなどの勉強をしてきました。
日本温泉地域学会の理事でもあり、学会でも台湾の温泉について発表をしました。台湾の温泉を知ることで、日本の温泉について考える新たな視点を与えてもらっているようにも思います。
出身は広島県江田島市。東京大学教育学部卒業。
テレビ、雑誌、ラジオ、インターネットなど各種媒体で温泉の魅力を発信しています。
●東埔温泉(とんぷぅおんせん)その1 〜南投県信義郷〜
●問合わせ
電話049—2701063(東埔温泉風景区旅遊促進会)
台湾の真ん中、南投県にある東埔温泉に出かけてきました。
南投県は台湾で唯一海に面していない県。富士山よりも高い標高3952メートルの玉山をはじめ3000メートル級の山々が連なっています。
東埔温泉は県の南部、標高1100~1200メートルに位置しています。温泉は日本統治時代に開発され、「トンボ温泉」と呼ばれていました。当時は警察署や小学校、神社や病院、警察療養所が設けられていたようです。ここは先住民族であるブヌン(布農)族が暮らしている村。
当時の様子を知るアラン・タケシリニャンさん(日本名は山下金夫さん・84歳)に、お話をうかがってきました
日本時代の東埔の様子を話してくれたアランさん
アランさんの家の外壁。かなり目立ちます
「昔はあちらこちらから湯けむりが立ち上っていて良かったよ。
お風呂は8つあった。男・女・子ども・学生・警察・お客さん・荷物を運ぶ人・日本人の奧さんとそれぞれお風呂が分かれていて、裸で入浴していた。
坂道に植わっている大きなクスノキは日本人が植えた木。
ここから上に行ったところに神社があって、戦争に行く兵隊さんは神社におまいりしたあと、坂を下ってきて、警察署のところにみんなが集まって、ばんざーい、ばんざーいとやってたよ。自分も兵隊さんの後をついて行ってた。
警察署の隣にある日本時代の家は、カイ部長の家。カイ部長は奧さんと一緒にやって来たけれど、それ以外の人は、みんな奧さん一緒じゃなかった。
カイ部長の家ができたのは自分が小学2年生のころ。
餅まきをしたよ。百合の花を摘んで持っていくと、キレイだからと日本のキャラメルをくれた。これがおいしかった。
警察署の前には病院があった。その横、石段のところにある門柱は日本時代のもの。日本の歌もたくさん習ったよ。ぽぽっぽー、鳩ぽっぽー、とかね。
昔から東埔の人は疥癬(かいせん)がない。皮膚がきれい。温泉のおかげだね。自分は今は、からし菜・キャベツ・えんどう豆を作っている。作った野菜をホテルの人が買いに来る。
奧さんはホテルで仕事をしています」。
アランさんの家の前にある坂道、クスノキが立派です
アランさんによるとここは「カイ部長の家」なのだそうです(漢字は、甲斐さん?加井さん?かな)
流ちょうな日本語で日本時代の様子を話してくれたアランさんは、キョンの角が付いた帽子をかぶっていました。
アランさんによると、「この角の付いた帽子は誰でもが被れるものではない」とのこと。
家の外壁にはカラフルなペイントがほどこされており、「前に飼っていた」という黒犬2匹も描かれていました。
ブヌンは狩りの上手な民族。犬は大切な狩り仲間だったようです。
日本時代の警察療養所、写真に残されていました
この門柱は日本時代のもの、奥が警察所、右手が病院です
心が安らぐ、のどかな温泉村
東埔温泉は山懐に包まれているので風も穏やか。
交通は不便ですが、それだけに素朴さが残るくつろげる温泉地です。
話を聞いた方の中には、5年間もここで過ごしている大正14年生まれの台湾人男性もおられました。「ここにいると空気も水もいいので元気になるよ」とのこと。
眺めもすばらしく、中性~弱アルカリ性のお湯もすべすべと気持ち良い入浴感。温泉街から15分ほど坂道を上っていくと「山乃谷温泉」。岩盤の奥から自然湧出しているお湯に入浴できます(混浴で水着着用・入浴のみ150元)。
透明でキラキラと輝くお湯は、カルシウム香があり、温泉好きにはたまらなく魅力的。脱衣場やシャワー、脱水機も備わっているので水着とタオルを手にお出かけを。
そのほか源泉は渓流に沿って数多く点在、すべて自然湧出、10数軒ある各宿へは自然流下でお湯を注いでいるという話でした。
ここを下っていくと露天があります
かつては玉山に登る登山口として日本人も数多く訪れていたのだそうですが、現在は別ルートが開かれ、日本人客は少ないとのこと。
ですが、台湾の山の深さや先住民族であるブヌン族の暮らしを身近に感じられるすばらしい温泉地です。
標高が高いので暑い夏でも比較的涼しく過ごせそう。温泉浴にはぴったりです。
名物はキャベツと幅広エンドウ、シイタケ、野豚、梅、お茶など。
おいしい野菜料理がいただけます。
「山乃谷」の露天風呂、お風呂の中からみた景色はこんな感じ
「山乃谷」の温泉湧出口、奥が深く洞窟のようになっています
山地民族・ブヌン族の文化にも触れられる…
温泉街から徒歩数分、ブヌン族が「がんばる」東埔吊り橋
ところで東埔は、源泉地を含めホテルの建っている場所などすべてが先住民族の土地なのだそうです。
現在、温泉水利用の正式許可についてのやりとりが、ホテル側と先住民族側とで行われており、今年夏までに許可をとる必要があるのだとか。このあたり、台湾独特の温泉問題があるのだなということが判りました。
「平地の人」と「ブヌン族」とが一緒に暮らし、日本時代の建物も残る東埔温泉は、様々な文化が入り交じっている台湾ならではの温泉地です。日本人にとってはどことなく懐かしい…。
おいしい山の空気と静けさとに満ちた安らげる山のいで湯です。
温泉街へと向かう途中にある東埔日橋と月橋。そのたもとに玉山を望めるスポットが設けられています。今回はモヤっていてぼんやりとしか見えませんでしたが、神々しさは伝わってきました
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上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。
記事登録日:2013-03-27