八田與一氏が生涯をかけたダムと台湾4大温泉かつ世界3大泥温泉の「關仔嶺温泉」は、日本人なら行っておきたい場所、心も体も浄化され美しくなる1日!
こんにちは。台北ナビです。
2008年末に公開された「パッテンライ~南の島の水ものがたり~」は「虫プロダクション」によって製作されました。「宇宙戦艦ヤマト、」「超時空要塞マクロス」を手掛けた石黒昇監督が、この「パッテンライ」の監督です。そういえば、「宇宙戦艦ヤマト」に通じる愛とスケールの大きな内容でした。2009年に台湾で、このアニメを見てから、名前だけは知っていた「烏山頭水庫」に行ってみたいと思っていましたが、台湾新幹線の駅や台湾鉄道の駅からも距離があり、ローカルバスを乗り継ぐか、車をチャーターして行くしかないこの場所。
今回台中出発の「世界3大泥温泉と烏山頭ダム日帰りツアー」(日本語ガイド付き)に、お客様2人と一緒に参加してきました!
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台北⇔台中 あっという間の49分
台湾高鐡(新幹線)台北駅を7時30分発の新幹線に乗って台中へ。49分で到着。改札口を出て、セブンイレブン前でガイドさんと合流。今回は、エリックさんの日本語ガイドで出発です。
古坑珈琲で、朝のコーヒータイム
烏山頭水庫風景區 八田與一氏の足跡を訪ねて
休憩後、高速道路を一路南下。約40分で烏山頭インターに到着。
ここから西拉雅国家風景区内にある「烏山頭水庫風景区」は約1分。烏山頭水庫水庫は、上空から見ると、天然の山地の起伏を利用して作ったダムなので、水をたたえると、まるで珊瑚が枝を伸ばしているように見えるので「珊瑚潭」とも言われます。
地図によっては、「珊瑚潭」と表記されているので、「烏山頭水庫」と「珊瑚潭」は別ものと思っていたら同じダムでした。ゲートを通り、まずは、送水センターの上にある八田技師紀念館へ。この烏山頭水庫風景區の入場料は200元(ツアー費に含まれています)。
この紀念館(台湾では、記念館ではなく、紀念館と表記されます)は、水の放出をコントロールする送水センターの上に建っていて、向こう側には、噴水塔が見えます。この塔は、放水管の中の水圧を調整するためのもので、コンクリート製で、煙突状になっているそうです。太陽の位置によって、この噴水飛沫のあたりに虹が見えることもあるそうですが、今回は見えませんでした、残念。
この放水口から、時々、大量の水が一気に放水され、その時の飛沫は滝のように大量で、美しいので、「珊瑚瀑布」とも別名があるそうです。また、太陽の位置によっては、美しい虹がかかることがあるそうで、エリックさんは、「虹を見ると、ここで亡くなった八田夫人が、この虹の橋を渡って、亡くなった夫の元へと行けるような感じがして、よかったなあと思えるんだよ。」と。実は、この場所は、八田夫人であった外代樹さんが、終戦後の1945年9月1日に、身を投げた場所だったのです。身投げと聞くと、悲惨なイメージがしますが、ここに立ってみると、敬愛する夫が全精力を注いで作り上げたダム、それは八田夫人にとっては、夫そのものだったから、その懐へと飛び込んでいったのだろうと思えるのでした。
八田氏の胸像と写真が玄関正面からまっすぐのところにあり、迎えてくれいるようです
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紹介映像を鑑賞中
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紀念館の内部は、20坪ほどのスペースで、右半分に椅子が並び資料映像を見る場所、左半分には、八田氏の遺物や資料が展示されています。ナビたちが入っていくと、係りの女性が「13分の烏山頭水庫紹介映像です」と言って、日本語吹き替えの映像を放映してくれました。
俳優さんが八田夫妻を演じ、烏山頭水庫の歴史を映像でつづっていきます。この日は、晴天で気温32度、クーラーの効いた室内で、烏山頭水庫の紹介映像を見て、お勉強。アニメ「パッテンライ」にもなかった資料などがあり、ますますこの烏山頭水庫を建設した偉大な業績を感じるのでした。
烏山頭水庫の大堤防
紀念館から車で3分、遊客中心(ツーリストセンター)や天堂、ベーベキュウエリアを抜け、烏山頭水庫を見渡せる大堤防の端へやってきました。80%の降水確率と聞いたにも関わらず、この日は朝からまだ雨が降っていません。抜けるような南国の青空と花びらのように浮かぶ白雲、碧色の静かな湖面、観光客はおもったより少なく、静かで、時折聞こえてくる鳥たちの鳴き声が、時間が流れていることを思い出させてくれます。
珊瑚潭という別名を持つこの美しい烏山頭水庫ダムは、1920年に工事が始められ、10年の歳月をかけて完成しました。
大堤防に行く前、ツーリストセンターや天堂があります。希望者はこの天堂の中も参観可能。
11時少し前の太陽はちょうど頭上にあり、大堤防約1.2キロを歩いて、対岸の八田氏の銅像があるエリアまで行くとコースにあったのですが、この日、一緒に参加していた2名の男性と相談。カゲロウまでは立ち上っていなかったものの、暑そうなので、「車でお願いいします。」と徒歩断念。記念撮影した後は、車で来た道を戻り銅像のある場所へ。
車でぐるっと園内を移動すること約5分。堤防の反対側、西拉雅渡假飯店のある場所へ。このホテルのそばのダムからは少し高い位置になったところに、八田氏の銅像と夫妻のお墓がありました。1942年にフィリピンへ調査に行く際の船が撃沈されて亡くなった後、偶然にも遺体が引き上げられたので、故郷で火葬されたのち、遺骨は家族の元へ。そして、終戦後、台北から疎開していた烏山頭水庫の放水口に身を投げた婦人の遺骨が納められているそうです。
このお墓は終戦後の1946年、地元の人々によって、わざわざ日本から花崗岩を取り寄せ、日本風に建てられたものです。夫妻の横にあるのは、中島技師(八田氏の後任で、戦後も1年水利管理のため、台湾の地に残った技師)の分髪された墓だそうです。この銅像は、ダムが完成したのち、地元の人たちよって作られたもので、作業服を来て、工事の内容を思案しているような雰囲気です。戦時中、金属供出の際にも、地元の人たちによって、そっと隠して保存され、その後も政治的な關係で長い間世に出てこなかったのですが、台湾の政治制度も変化し、日本人の銅像を世に出しても大丈夫になったころ、この場所に銅像が戻ってきたそうです。
ダム建設当時に使用されたドイツ製の機関車頭も展示されています。
八田路もある八田與一記念公園
実際の八田邸もこの場所にあったので、再現されたというわけです
夫妻の墓のある場所から車で2分、烏山頭風景區の左側エリアに、2011年の暮れにオープンした「八田與一記念公園」にやってきました。ここは。烏山頭水庫風景區の入場券を見せて入ります。入口から歩道を進むと、資料館のある建物とお土産を売っている建物、トイレ施設があり、その奥に、日本家屋が4軒あります。
実際に1920年に建てられた家屋が残っていて、それらを修復したり、再建したものだそうで、驚きでした。左から、田中勝次及び市川儀一宅、八田與一宅、赤堀信一宅、阿部貞寿宅で、内部参観は、毎月週ごとに順番に一週間ずつ、午前午後一時間半ずつです。私たちが行った時間には、阿部宅の内部参観が可能だったのですが、なぜか誰もいなくて中にはいれませんでした。入れなくても、八田宅と赤堀宅は、玄関や座敷の障子が開かれているので、中をのぞくことができます。
記念公園の入口。ここで入場券を見せます
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歩道に沿って歩いていきます。この周囲は、ダム建設当時、官舎、宿舎などがあった場所だそうです
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「水義稲源」 八田夫妻を記念して作られたモニュメント
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八田路と命名された道路
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こちらは赤堀邸
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玄関です
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赤堀邸の座敷
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赤堀邸の裏庭部分
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園内には、絵馬風に祈福卡(祈りのカード)を飾ってあります
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八田夫婦が描かれた「祈福卡」
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マルチメディア館の前には、八田夫妻の物語が書かれています
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館の後ろで発見。窓の部分がモザイクで八田夫妻の絵になっています。手前は八田夫人。奥の窓が八田氏。見る角度によって、見えないこともあるので、近づいて見てくださいね
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館内は立体的なデザインに加えて、日本をイメージした桜の花の映像を重ね、懐かしいような気分になります
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八田夫人は、日本人女性の美徳を台湾の人々に深く印象づけたのでしょう。同じ日本人女性として、頭が下がる思いです
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關仔嶺温泉郷へ!まずは、名物観光地「水火同源」
11時半、烏山頭水庫を出発して、關仔嶺温泉のある白河郷へ。高速道路を北上して30分。インターを下りてから、かなり山の上の方まで登っていくと、この温泉地の有名な「水火同源」に到着。ここに来る途中、嘉南平野を見渡せる場所もありました。
このあたりは、天然ガスが地下にたまっていて、岩の割れ目から天然ガスが噴出していて、その吹き出し口にちょうど水も湧き出ていたので、こう命名されたそうです。台湾の国内旅行先としても人気のある場所だそうで、たくさんの観光客が遊びに来ていました。
道のそばにある入口
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この階段を下りていくと、その先に「水火同源」があります
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小吃(地元名物の炒めビーフン、サツマイモの蜜煮、台湾ソーセージなど)を売っている食堂が5件ほど並んでいて、昼食時なので、中にはたくさん観光客が食事をしています。台湾で年中出回っているフルーツで、日本には無い「芭樂(グァバ)」、台湾では完熟前の緑色のさくっとした歯触りがあるものが好まれるようです。緑の皮の部分も、そのままいただきます。
ここでは「梅子粉漬け」と「そのまま」の2つがあって、各50元。ナビはこの2種類をミックスして、50元にしてもらい、3人でいただきました。お2人は初めて食べたのですが、「梅子粉漬け」の方を気に入ったようで、袋を持って食べながら移動。
地元食材を使った南部風の台湾料理で昼食
「水晶鶏」「山菜のおひたし」「貝柱の炒め物」「豚の角煮、かぼちゃ添え」「魚のつみれ入りあんかけスープ」「きのこのスープ」「すいか」「烏梅ゼリー」でした。
全体的にあっさりした味付けで、ごはんにもよくあって、おいしくいただきました。
1時間ほどかけてゆっくり食事とおしゃべりをした後、午後1時半に地下1階にある温泉へ行きます。
こちらの屋外には、ジャグジー付の温泉プールが4つ、他に普通の大きなプールがあります。日曜日だったので、家族連れが多く、子供たちがプールで楽しそうに遊んでいました。このプールの奥に屋外温泉があります。水着とスイムキャップ(フロントでシャワーキャップをもらえるので、それを使用)着用。温泉は撮影禁止なので、写真はありません。
ここからは音声で実況中継ということで。直径3~4mむらいの楕円形のプールが3つ。41℃の温泉が2つ、冷たい温泉が1つで、どれもジャグジーになっています。柱のところに温泉泥のはいった桶があって、そこから泥をとって、顔や体に塗ってマッサージ。粒子が細かいので、余分な角質を削ってくれるようで、二の腕をこすりましたがつるつるになりました。顔もしっかりパック。粒子が細かいとはいえ、顔の皮膚は、角質が取れすぎるので、注意しましょう。みんな透明のシャワーキャップをかぶり、顔をパックしたまま、温泉に浸かっています。なかなか面白い光景ですね。
41℃と少し熱い水温で、その上気温も30℃くらいあるので、顔の泥パックが乾く前に汗でぬるぬる。でも、ここちよい風も吹いているので、ジャグジーや体をすりすりしながら、5分ほど浸かり、上がってマッサージ、また温泉に浸かってと20分ほど楽しみました。日曜日だからか人も多かったので、思ったより広々大きな温泉でくつろぐという感じではなかったですが、体のつるつる感がとっても気持ちよかったです。
寒い冬だったら、体の芯から温まる感じで、もっと温泉効果を実感できるかもしれませんね。今度は冬に来てみようと思ったナビでした。
ところで、世界3大泥温泉の他の2か所はどこなのかと、ホテルや近所の看板などの説明を見て探していたのですが、どこにも「世界3大泥温泉」という表記がありません。ホテルの人に聞いてみたら、20世紀初頭、ここの源泉を発見した日本人が、当時このような泥温泉は、日本の霧島とイタリアのシチリア島にしかないといいことから、そういうふうに言ったのだそうです。
世界中で温泉利用が普及し、世界のあとらこちらで泥温泉が見つかって利用されるようになった現在、温泉關係の
団体から、「世界3大」ではないとの指摘を受け、その後看板や資料からその文字を消し、台湾4大温泉の一つという言い方の方が一般的になったそうです。
ナビは、100年前にここが発見され、利用され始めたころの思い出も含めて、「(20世紀初頭)世界3大泥温泉」と思えばいいのかなと思ったのでした。
今回のツアーで利用したワゴン車。車体の外側、内側ともにきれいで、快適でした
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關仔嶺温泉マップ
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「小丸子」(温泉団子)1串20元、1パック(8串)150元、牛乳&ピーナッツ粉味と黒糖&黄粉味
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「黒糖泥餅」、黒糖を使ったくずもちです、日本でも売っている「信玄餅」のあっさり味
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ツアーの最後、車の中でも今回の烏山頭水庫について、いろいろお話ししました。100年も前に、八田氏は交通も不便なこの地へやって来て、この国の未来を思い描き、自分の家族のように工事関係者とかかわり合って烏山頭水庫を創り上げました。日本人として、八田氏の存在は誇らしいものであり、今回のツアーでその理念や生き様を実物の資料などを通して見て知ったことは、とても有意義なことでした。もしこの烏山頭水庫と嘉南大圳ができていなかったら、今の台湾の姿も大きく違っていただろうし、それだからこそ、多くの台湾人に今なお敬愛されるのだろうと…。
日本に暮らしていると、きっと烏山頭水庫や八田與一氏のことを知る機会は少ないでしょう。
もし、皆さんも台湾へ来ることがあったら、ぜひ烏山頭水庫を見て、その偉業を自分の五感全部で受け取って感じてほしいと思ったナビでした。
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上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。
記事登録日:2012-06-05